UNDEFEATEDが創業以来、これまでに手掛けてきたフットウェアのコラボレーションをアーカイブするスペシャルコンテンツ。スニーカー市場を沸騰させた超レアなプレミアモデルから玄人趣味のアレンジが際立つコラボまで順次ラインナップ。それぞれ時代のカラーを映してきたUNDEFEATED別注の勇姿を記録に留め、ここに永遠の生命を宿すだろう。

ARCHIVES by UNDEFEATED
Vol.2

NIKE AIR FORCE 1 LOW
UNDFTD “SHEMAGH”

NIKE AIRを搭載した最初のバスケットボールシューズを発売するのが1982年のこと。圧縮ガスを注入したエアバッグが着地の衝撃を自ら変形することで吸収し、元の形状に戻ろうとする復元力が次の一歩への蹴り出しを促す。と同時に、ミッドソールのフォーム(発泡)素材を削って空気の層を設けることで軽量化にも貢献する。将来、エアバッグの大型化により衝撃吸収性を向上するほど軽量化も一層進むという、NIKE AIRのロジックに無限の可能性を見出したナイキは、既存のランニングに留まらずカテゴリーを横断したテクノロジーへと育てるべく研究・開発を推進。その結果、誕生したのがエアクッショニングシステム採用のバスケットボールシューズ、AIR FORCE 1である。

NIKE AIR初搭載のTAILWINDから遅れること3年、遂にデビューしたAIR FORCE 1には、時代を超えて受け継がれる普遍的な美しさと次世代のバスケットボールシューズの雛形たり得る進歩的なディテールが備わっていた。デザイナーはのちにAIR JORDAN 1を手掛けたことでも知られるブルース・キルゴアが担当。スタビライザーストラップで繋がったトゥガードとヒールカップとフレックスノッチ仕様のレースステイで構成されたシンプルかつ洗練されたスタイルが特徴。俗に「AIR FORCE ZERO」と呼ばれる初期生産分から白い本革のアッパーにシルバーのスウッシュとベルクロ留めのアンクルストラップを組み合わせ、つま先の甲のベンチレーションホールこそ無かったものの、ほぼ現行品と変わらない仕様で登場した。またベンチレーションへの配慮からサイドパネルをメッシュパーツで切り替えたバリエーションも存在した。但しリリース初年度の1982年はハイトップのみ展開、現在ではむしろ多数派を形成するローカットが発売されたのは翌83年からだったと云う。

一方、エアクッショニングシステムを搭載するソールユニットについては、80年代を迎えてもなおナイキではBLAZER、BRUIN、FRANCHISEといったバルカイズド製法のクラシックなバスケットボールシューズが大勢を占め、アッパーとソールの継ぎ目を太い糸で縫い合わせたカップインソールの導入が急がれた。特にバルカナイズド製法に比べて耐久性や衝撃吸収性に優れたカップインソールは、エアバッグを内蔵する器として不可欠な要素に。ノンエア型ながらLEGENDがバスケットボールシューズでは唯一カップソールを採用していたが、当時はデザイナー自らカレッジリーグの選手を訪ね、試作品を履いてもらったフィードバックを反映する形で、エアバッグ内臓のカップインソールやピボットパターンのアウトソールを考案していった。そうして新たに開拓したカップインソールの生産工場でアウトソールの塗装も請け負い、一躍近代的なソールユニットが完成。ミッドソールの側面に刻まれた「AIR」の立体ロゴがエアクッショニングシステムに賭けたナイキの意気込みを物語っている。ポリウレタン不使用のミッドソールのおかげで40年近くを経過した現在でも原型を止めたオリジナルを鑑賞できるAIR FORCE 1は貴重な存在だ。
アメリカ合衆国大統領が搭乗する空軍機のコールサイン「Air Force One」に由来する最新鋭のバスケットボールシューズは、当時のNBAやNCAAで活躍した多くの現役プレーヤーに支持された。足首をサポートストラップで固定した安定感のあるハイトップは勿論、逆に足首を自由に解放したローカットもクイックなプレーを信条とする選手が好んで履いた。加えて、NBAのスター選手を起用したプロモーションやカレッジリーグの名門校を支援したプログラム等も功を奏して、多くのバスケットボールファンからこだわりのスニーカーファンまで幅広い層に浸透し、着実に市民権を獲得した。

翌83年には同じくキルゴアがデザイナーを務めたNIKE AIR初搭載のテニスシューズ、AIR ACEを発表。殊にバスケットボールシューズではAIR SHIP(1984)、AIR JORDAN 1(1985)、AIR PHYTHON(1986)といった具合に、エアクッショニングシステムの普及が加速度的に拡がり、初代AIR FORCE 1はその役割を終えようとしていた。1987年に後継機のAIR FORCE 2が登場し、もはや絶版かと思われていたAIR FORCE 1だが、リリースを継続したまま。その背景にあったのがボルチモアでスポーツシューズの販売店を経営する3人のショップオーナーの挑戦である。彼らは販売の現場でAIR FORCE 1が他のシューズとは違う特別な存在であることに気がついた。特定の顧客がAIR FORCE 1ばかり何足も継続的に購入していく現象が話題になり、AIR FORCE 1はもはやパフォーマンスを追求した高機能なバスケットボールシューズとしてだけでなく、ストリートの若者から熱狂的な支持を集める定番のスニーカーとして認識されている旨、ナイキのセールス担当者に訴え、AIR FORCE 1のリリースを終えずに継続するよう懇願。その主張が認められ、ボルチモアの3店舗限定でAIR FORCE 1のニューカラーを限定販売したり、ボルチモア地区のショップ限定カラーを月毎に順番で発売したり、ローカルな販売キャンペーンを展開。インターネットやSNSのなかった時代にもかかわらず情報を聞きつけたスニーカーヘッズがニューヨークやボストンからボルチモアへ遠征してきたと云う。90年代中頃のエピソードである。ナイキではAIR FORCE 1が永久定番として受け継がれるきっかけを作ってくれた恩人を「3アミーゴス」と呼び、ボルチモアをAIR FORCE 1を救済した街として称えている。
後継のAIR FORCE 2が発売された90年代半ば以降もリリースを絶やさなかったAIR FORCE 1に新型のミッドカットが登場。それと時を同じくして、クリアな輝きを放つジュエルスウッシュ仕様のバリエーションが追加される。その後、00年代以降はグローバルな市場でニューカラーを続々と展開し、各都市のアパレルブランドやスニーカーショップとのコラボレーションにも着手。そのバリエーションは飛躍的に増殖した。更に10年代に流行したのがナイキの最先端テクノロジーをAIR FORCE 1に導入したハイブリッドモデルだ。例えばアッパーではFOAMPOSITE、HYPER FUSE、LIQUID METAL、FLYKNIT、ソールではLUNARON、REACTといった具合に、それぞれナイキを代表するイノベーションを自ら器として享受し、AIR FORCE 1は常に新たな可能性を模索していた。ときにAIR FORCE 1がAIR FORCE 1たる所以である洗練されたフォルムを刷新し、ミリタリーブーツやユーティリティ仕様など、あらゆるエッセンスを融合した全く新しいスタイルを披露する。それでもなおエアフォース1としてのアイデンティティを保ち続ける芯の強さにこそ、エアフォース1の真価があるのではないだろうか。

こうして現代のスニーカーシーンを代表するアイコンへと成長したAIR FORCE 1とUNDFTDの最初のマッチアップは2006年。まさしくAIR FORCE 1が加速度的にバリエーションを増殖している最中のこと。既にダンクのコラボを通じてブランディングを確立していたUNDFTDが満を持してリリースしたINSIDEOUTシリーズは、AIR FORCE 1のローカットをベースにアッパーとライニングの素材を入れ替えた奇想天外のカスタマイズ。通常は裏地として使用されるテキスタイルをアウターに、その継ぎ目にパイピングを施す一方、裏地は総革張り仕上げという贅沢な逸品。UNDFTDらしい悪戯心を垣間見せる秀逸なコラボが話題に。
同06年リリースのコラボ第2弾は、アフガンストールことシュマグの模様をジャカード織りのテキスタイルで再現したAIR FORCE 1 LOW。キャンバス地のテキスタイルとレザーを組み合わせたコンビアッパーの配色はパープル/ブルー、オリーブ/グリーンの2色展開。それぞれ挿し色に準じた替え紐が付属し、自分好みのセッティングを楽しめる趣向だ。中東地域の伝統的な装束をミリタリーの視点で捉え直し、スニーカーカルチャーに持ち込んだUNDFTDらしいコンセプト。
次いで2009年には、ツール・ド・フランスなど世界最高峰のロードレースで活躍したランス・アームストロングがキャリアの前半に生存確率50%という重度の癌を克服し、レースに復帰した超人ぶりから「LIVESTRONG」を謳ったトリプルコラボ(引退後に過去のドーピング歴が発覚、全タイトル剥奪のダークヒーローっぷりもUNDFTDならでは)。
その後もLUNARONフォームをミッドソールに採用したLUNAR AIR FORCE 1が2014年に発売される等、AIR FORCE 1との蜜月はまだまだ続くが、20年代を迎えると相次ぐスマッシュヒットに恵まれた。2020年発売の架空のバスケットボールクラブ「RAYGUNS」のチームモデルという設定でAIR FORCE 1 LOW、翌21年には米国HBOの人気ドラマ『アントラージュ』のプロモーション用に製作されたAIR FORCE 1 LOW PREMIUM “FUKIJAMA”を発表。ハリウッドを舞台に男性版『セックス・アンド・ザ・シティ』とも称される群像劇が展開される本作の登場人物の一人、スニーカー好きのタートルが日本人アーティストのフキジャマに密かにオーダーしたという設定のトリプルコラボは、タトゥーをグラフィカルに表現したレーザー加工の極み。生産数が極端に少なかったことから高額なプレミア価格で取引されている。

by NOBUKAZU KISHI EXCLUSIVE


岸 伸和 – Nobukazu Kishi Exclusive
1972年生まれ、神奈川県出身。雑誌『Boon』(祥伝社) にてライターとして活動を開始。90年代のスニーカー全盛期には同誌のスニーカー特集や別冊の多くを担当、以降ライフワークの一環としてスニーカーを嗜んでいる。近年はアパレルブランドのカタログやWEBコンテンツの制作ほか、ブランドやクリエイターの活動をアーカイブした書籍を手掛ける。

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