NIKE
NIKE AIR FORCE 1 ’07
315122-111

1982年に初めてAIRを搭載したバスケットボールシューズとしてBruce Kilgoreによって生み出されたAIR FORCE 1。
アメリカ大統領専用機「エアフォースワン」にちなんでその名が付けられた。発売から37年が経過した今でも全く色褪せることなくむしろさらに輝きを増し続ける。誕生以来、多方面から高い評価を受け続けるモデルの一つ。

エアを搭載した世界初のバスケットボールシューズの登場

NIKEで初めてAIRを搭載したバスケットボールシューズとして登場以来、不動の人気を得続けているNIKEの中でも最も名声高いロングセラーシューズであることは言うまでもない。ヒールに備えられたAIRクッション、アウトソールに刻まれたピボットポイント、ハイカットにおけるフィッティング向上の為のアンクルストラップ、どれも当時では前例のないさまざまな最新鋭の機能を搭載しており、現代になっても色褪せず、そのDNAを継承し続けている。1982年、このNIKE史においても「アイコン」という敬称が最もふさわしい一足が誕生した最初のモデルはハイカットモデルであった。通称“AIR FORCE ZERO”と呼ばれるホワイトアッパーにシルバーのSWOOSHを配し、甲部分のベンチレーションホールこそ最初期はなかったものの、すでに現在まで変わらないクオリティを保持するまさに“完成形”といって差し支えない出来栄えを保持していた。

ファンからの熱い要望により復活したエアフォース1

1982年の発売から一年後、現在でもよく知られるAIR FORCE 1 LOWがリリース。ローカットモデルならではの着脱のしやすさや快適性を起因の一つとし、バスケットボールシューズという位置づけからストリートシューズという位置づけが次第に定着していくこととなる。そのストリートシューズとしての位置づけの大きな要因としてさらに挙げるとすれば、通称“3AMIGOS”と呼ばれるボルチモアの3ショップにおける歴史的な出来事が大きな要因の一つとして挙げることが出来るだろう。1986年、AIR FORCE 1の後継機であるAIR FORCE 2の発売と共に一時はAIR FORCE 1は生産終了となる。しかし、ストリートバスケットボールシーン、一般のユーザーなどから熱い要望もあり、ボルチモアの3店舗がNIKE本社に再発売を直訴し、この3店舗でのみ限定的に再発売となるや、その発売の報を聞きつけたユーザー・ファンが殺到、他州から購入に訪れるまでの熱烈な歓迎を受けることとなった。このファンの熱量を受け、1988年に初のオリジナルモデルの復刻、そして1990年代にはボルチモア以外での正式な再発売がされ、現在に至る。

「毎日磨くスニーカーとスキル」

1990年代中頃、AIR FORCE 1 MIDが登場することとなる。それと同時に、JEWEL SWOOSHの登場、2000年を迎え2001年にはさまざまな新色が登場し、世界的に展開されることとなり、瞬く間にその人気はそれまでよりも広く拡散されていくこととなる。2000年代中頃には数々のコラボレーションリリース、そしてNIKE iDの開始によって消費者がコラボレーター、そしてデザイナーとしてAIR FORCE 1をデザインすることが出来る画期的な試みも施行されることとなった。2010年以降のAIR FORCE 1の留まることを知らぬ破竹の勢いでのイノベーションは周知のことであろう。FOAMPOSITEやLIQUID METAL、FLYKNITなどNIKEが誇る独自のハイテク素材をアッパーに使用したモデルや、2014年以降は多くのファッションブランドやデザイナーたちによってそのシルエットを新たな解釈とフィルターを通すことによってその都度、独創的な表現であらわされた。数々のアーティストやデザイナーのキャンバスとして、またストリートカルチャーのアイコンとしても愛され続けてきたAIR FORCE 1は、アーティスト・デザイナー、そして履くすべてのクルーに表現の自由を提供するオーセンティック且つ純粋無垢なシューズである。アッパー、ソール、シューレースに至るまで眩いホワイトのAIR FORCE 1はその白さを保つための努力を、ストリートヘッズたちは惜しまなかった。「毎日磨くスニーカーとスキル」。このパンチラインが国境や文化間で隔てられることのないAIR FORCE 1への愛を物語っている。

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