NIKE DUNK LOW RETRO “VARSITY MAIZE”DD1391-700

SCHOOL to STREET―
斬新なカラーブロックに彩られたノンAIRバスケットボールシューズの鮮烈なデビュー劇。

SCHOOL to STREET―
斬新なカラーブロックに彩られたノンAIRバスケットボールシューズの鮮烈なデビュー劇。

「BE TRUE TO YOUR SCHOOL」
スクールカラーを配色した鮮烈デビュー
「BE TRUE TO YOUR SCHOOL」
スクールカラーを配色した鮮烈デビュー

今年2021年よりさかのぼること36年前の1985年、NCAA(全米大学体育協会)バスケットボールリーグの隆盛をバックに、リーグに加盟する名門校のスクールカラーで彩られたバスケットボールシューズ7型が世に出されることとなった。1985年当時の「BE TRUE TO YOUR SCHOOL」と銘打ったキャンペーンは、スクールカラーを配色したコンセプトを裏付けるようなコピーで、80年代半ばという時代、白のカラーをベースとしたバスケットボールシューズしかなかった時代に圧倒的な存在感を放っていたことは間違いないだろう。全米でNBAに勝るとも劣らぬ人気を誇るNCAAに所属する強豪チームに支給され、更なるシェア拡大を狙い、鮮烈なデビューを果たした。

前述の通り、当時白が主流であったバスケットボールシューズに各大学のチームカラーを用いたカラーブロックは非常に斬新であった。1984年のプレシーズンマッチで初お目見えしたAIR JORDAN 1が赤色であったためにNBAからMichael Jordanに対して罰金を課していたことからも、バスケットボールシューズとして鮮やかなカラーを用いることはスポーツファンにとっても賛否両論とはいえ多大なインパクトを残すことに成功したのである。ニューヨーク州シラキュースにキャンパスを構えるシラキュース大学のホワイト/オレンジ、ケンタッキー大学のホワイト/ブルー、ミシガン大学のイエロー/ネイビー…7色のDUNKとジョージタウン大学の「HOYAS」に提供されたグレー/ネイビーのTERMINATORを含めて「BE TRUE TO YOUR SCHOOL」と呼ばれた一連のバスケットボールシューズは当時のバスケットボールシューズとして特異なカラーウェイの豊富さや鮮やかさからスポーツファン以外の人々も大いに魅了する結果となった。

ワゴンセールから
ストリートで脚光を浴びる存在へ

DUNK自体のセールスは好調ではあったものの、流通数の多さゆえにワゴンセールなどで安価に手に入る時期があったことはほぼ同時期にリリースされたAIR JORDAN 1と似た境遇を辿っている。DUNKのムーブメント自体はここで終了するかに思えたが、AIR JORDAN 1ともう一つの共通点であり独特ともいえる文化的発展を遂げることとなる。その安価で手に入ることに目を付けた当時のスケーターによるものである。スケートボードを謳歌する多くの人々にとってスニーカーは消耗品であり、耐久性と求めやすい価格を保持するスニーカーにうってつけであった。デッキを直に足で感じることの出来るノンAIRでフラットなソール、アッパーに使用した耐久性のあるレザーなど、スケーターにとってDUNKを選択することは必然であっただろう。

ヴィンテージスニーカーブーム到来
希少価値を見出されたオールドスクール

こういった経緯からストリートにおいてDUNKは欠かせない存在となっていく。1990年代初頭あたりから日本でもヴィンテージスニーカーブームが到来し、その代表格としてDUNKが人気を博すこととなる。DUNK発売の1985年当時、日本での正規販売はなく、一部のコアなファンがその存在を知っている程度であったが、90年代に入りブームが始まるとデッドストック品やユーズドなどが並行輸入により日本に上陸。日本では未発売であったことから希少性が話題を呼び、高額での売買がヴィンテージショップを中心として行われた。

90年代初頭の日本のヴィンテージスニーカーブームによるDUNKへの憧れと人気が高まる中、1999年にはジャパン企画である通称「裏DUNK」がリリース。Quick Strike(販路限定)では表のオリジナルカラー、裏では配色を反転させたモデルで計18色が同年中に続々と展開され、多くのスニーカーファンを喜ばせた。このことは90年代中盤におこったハイテクスニーカーブームに終焉を告げるとともにDUNK人気を不動のものとするエポックメイキングであった。

今日でも衰えることのない人気を誇るDUNK。NIKEの中でもスポーツとストリートの懸け橋の一端を担った歴史を持つ不朽のモデルの一柱であり、これからも新旧のファンを大いに楽しませてくれることだろう。

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