AIR JORDAN 3 RETRO “RACER BLUE”CT8532-145

Jordan引き抜きの危機を脱する起死回生の一足。
伝説的シューズデザイナーによる、シリーズ初の傑作。

Jordan引き抜きの危機を脱する起死回生の一足。
伝説的シューズデザイナーによる、シリーズ初の傑作。

JORDANシリーズの傑作
伝説的シューズデザイナーの起用
JORDANシリーズの傑作
伝説的シューズデザイナーの起用

ハイスクール卒業後、名門ノースカロライナ大学へ進学、NCAAチャンピオンに輝き、NBA各チームによる獲得競争の末、全体3位でシカゴブルズに指名されたMichael Jordanは、プロバスケットボールプレイヤーになるや早くも入団1年目からレギュラーの座を掴み、休学後の夏にロサンゼルスオリンピック代表の中心選手として金メダル獲得に大いに貢献するという、バスケットボールに愛された男ならではの偉業の幕開けを飾った。

入団して間もない超大型ルーキーの彼に対し複数のスポーツメーカーから契約を勝ちとったNIKEは、シグネチャーシューズを開発。第一弾としてAIR JORDAN 1のリリース以降、彼の通称の一つでもあり、NIKEの誇るクッショニングシステムの名称でもある「AIR」を冠したシグネチャーシューズAIR JORDANシリーズが脈々と受け継がれていくこととなる。

1986年には第2弾であるAIR JORDAN 2がリリース。AIR JORDAN 1のサイドに鎮座していたSWOOSHは姿を消し、代わりにシュータンにJordan Wingsロゴが採用された。

1988-1989年シーズンにオリジナルが発売されたAIR JORDAN 3。AIR JORDAN 1,2とデザインに携わっていたPeter Mooreが退き、伝説的シューズデザイナーとして現在もスニーカーファンにはその名を知らぬ者がいないほどのTinker Hatfieldがデザインを担当、氏にとって第一作目のJORDANとなる。開発時、Michael Jordanは他社へと引き抜かれる恐れがあった。というのも、彼自身がNIKEとの契約を引き続けるか思い悩んでいたという。NIKEにとって危機ともいえるその状況を脱するためにデザインの刷新を画策、そのためのデザイナーとして起用されたのがTinker Hatfieldであったのだ。

新たな試みを取り入れた最新鋭モデルは
Jordanの心を射止めた

1987年には初のビジブルAIRを搭載したAIR MAX 1(彼はパリのポンピドゥーセンターの独創的なガラス張りの建物を見てテクノロジーを可視化したビジブルAIRを想起したという)をデザインした実績もあり、当のAIR JORDAN 3にもビジブルAIRを搭載。前作AIR JORDAN 2でもそうであったようにNIKEのシンボルともいえるSWOOSHを取り払い、シュータンに彼のJUMPMANロゴを配置、トゥ部分にはAIR JORDAN 3の特徴の一つとして挙げられる通称「セメント(エレファント)」パターンを採用した。JORDANシリーズにとっても初の試みをふんだんに取り入れた最新鋭のそのモデルは、Michael Jordanを本社に招いてお披露目、見事彼のハートを射抜くことに成功しNIKEとの契約は続投されることとなった。

AIR JORDAN 1、AIR JORDAN 2までにはハイカットとロ―カットが存在したがAIR JORDAN 3においてはミッドカットのみに統一された、これはMichael Jordanのようなプレイスタイルの選手に最もふさわしいと判断されたことによる。また、AIR JORDAN 1でも彼に対して3/4カットのモデルが提供されていたらしく、本人の希望を実現した形となった訳である。

SLAM DUNKコンテンストでの着用
記憶に残る傑作シューズへ

Jordanの契約続投を掛けた命運を分かつタイミングであったことや、デザインにおいてもテクノロジーにおいても当時のNIKEの最先端が導入されたことからもNIKEにとって肝いりのシューズであったことは間違いなく、当時のCMにはSpike Lee監督が起用され、彼の映画である「She’s Gotta Have It」でSpike Lee自身が演じたMars BlackmonがCM上で登場したことで世間的にも大きな話題となった。

1988年2月のNBA ALLSTAR GAMEのSLAM DUNKコンテストでフリースローラインからジャンプしそのままダンクシュートを決めて見事チャンピオンに輝いたMichael Jordanが着用していたことでも名を馳せることとなる。つまりはデザインの観点からしても、彼自身の偉業のタイミングでも着用されていたことからエポックな一足となったのである。

初登場より33年余りが経過した今でもその特徴的スタイルは見る者・履く者を魅了し続ける。今ではオーセンティックなモデルとして知られるAIR JORDAN 3は、初の試みが詰まったJORDANシリーズの中でも転機となったメモリアルな一足といえるだろう。

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