NIKE AIR PRESTOCT3550-800

ハラチフィットシステムを源流に進化を遂げた
足のためのTシャツ、エアプレストのサイズレンジ革命

ハラチフィットシステムを源流に進化を遂げた
足のためのTシャツ、エアプレストのサイズレンジ革命

ティンカー・ハットフィールドの実弟が手掛けた
2000年発のアルファプロジェクトモデル
ティンカー・ハットフィールドの実弟が手掛けた
2000年発のアルファプロジェクトモデル

 ニューモデルの開発期間を通常の2~3倍も費やして、真に優れたプロダクトを輩出すべく組織されたナイキアルファプロジェクトは1999年に始動。ナイキのデザインチームを代表するティンカー・ハットフィールドを筆頭に、各分野のエリートが招集されたプロジェクトでは、長期的な展望のもと新しいコンセプトを創出することに取り組んできた。実際、このプロジェクトから世界最先端のテクノロジーを搭載したハイテクモンスターも登場したが、むしろユニークな発想からテクノロジーを捉えたコンセプトモデルの商品化により多くの成果を上げていた。エアズームサイズミック然り、エアクキニ然り、エアクロストレーナー3もまた然り。テクノロジーとデザインの相乗効果で話題を集めたアルファプロジェクトの代表作と言えば、この辺りが順当だろう。
 時を同じくしてミレニアムイヤーに発売されたエアウーブンもまた、紐状のパーツを組み上げてアッパーの部材を工作する原始的なテクノロジーが支持され、よりコンセプト性の高さを感じさせたのは間違いない。軽量性ばかりか通気性でも高いパフォーマンスを発揮する一方、環境対策の面でも極めて有益なサジェスチョンを後世に託している。紐状のパーツの編み込み加減で伸縮性やサポート性を調整可能というプリミティブなテクノロジーは、生産過程における廃棄物の発生も最小限に抑制できる環境面でも優れていた。こうしてエアウーブンの理論は登場から20年以上を経た今もなお色褪せることなく現役であり続けている。

サイズを越境してフィットする非ラン仕様ならでは
偶然の発注ミスからサイズレンジの呪縛を解かれ

 そしてもう一つ、ミレニアムイヤーに登場した同期ではエアプレストがその革新性においてエアウーブンをも凌駕していた。そのデビューはまさに衝撃以外の何物でもなかった。エアプレストの開発に携わっていたのがティンカー・ハットフィールドの実弟で同じくナイキのデザイナーだったトビー・ハットフィールド。構想自体は数年前に遡る。あるときトビーは市民ランナーの話に耳を傾け、足とシューズが喧嘩しないフィッティングの重要性とスリッパのような快適な履き心地を求める声を記憶した。
 早速、フィッティングと履き心地の両立を目指し、スケッチと試作を繰り返す。そのとき浮かんできたのが踵の側面に「Vノッチ」と呼ばれる凹みを設け、フィット感を向上するアイデアだった。そしてサンプルを製作し、いざ試走という日になってサイズが全て9インチ(27cm)だったことに気付く。普段11インチを履く人にも無理を言って履いてもらったところ、Vノッチが踵のフィットを改善し、ヒンジ(蝶番)のように広がることでシューズ全体の長さがプラス。11インチと9インチを兼用できるコペルニクス的発想の転換。サイズレンジの汎用化という可能性が現実味を帯び、Tシャツ感覚でフットウェアを展開するアイデアが爆誕した。
 その後、エアプレストの構想が固まると素材の選定へ。エアハラチがアッパーに採用したネオプレーンは伸縮性とクッション性に優れる反面、熱がこもる特性あり。通気性を兼ね備えた医療用のスペーサーメッシュは更に全方向に伸縮し、Vノッチ付きの試作品が屈曲・柔軟性を発揮するには理想の素材だった。スペーサーメッシュに包まれた2ピース構造のアッパーはつま先にTPUトゥガード、踵にTPUヒールカウンター及びプルタブと連結式アイレットが5穴にシューレース。あとはミッドソールに内蔵するエアバッグとアウトソールで見事完成という極めてシンプルな構成要素。これをXXS~XLというサイズレンジで展開し、大いにマーケットを驚愕させた、エアプレストのサイズレンジ革命は大成功! 米国内ではテレビCMが放送され、アバンギャルドなイメージ戦略を展開。最終的には「足のためのTシャツ」というコピーを掲げたプロモーションへと繋がる。

アスリート仕様に進化したエアプレストの現在
S~M~Lのサイズ革命は歴史の一頁に刻まれる

 こうしてエアプレストはランニングシューズの様式を持ちながらランニングシューズではあり得ない、一種のリカバリーシューズのような存在感で、サイズレンジを汎用化した自らの存在理由を世に問い、一定数以上の成功を収めたと言っていいだろう。シューズの販売現場ではサイズレンジが簡略化し、余剰在庫のリスクを軽減できたと大喜びだが、実際のところ。S~M~Lのサイズレンジで展開するエアプレストの後継者が育たなかった。この一点に尽きる。たしかにスリップオン仕様のエアプレストチャンジョが発売され、エアプレストの系譜に名を連ねたが、その存在感の希薄さはプレストコンセプトの継承を真剣に望んでいるとは思えず、サイズレンジ革命の火は瞬く間に燃え尽きてしまった。そんなエアプレストにとって対外的な晴れ舞台を迎えたとしたら、それは2000年に開催されたシドニーオリンピックでボランティアスタッフに支給されたという事実だろうか。
 最後に、エアプレストの源流を辿ると1991年のエアハラチまで遡り、ハラチフィットシステムがどれだけ多くのカテゴリーで採用されたか再認識するたびに、エアハラチの偉大さに思いが募るわけだが、その反動でエアプレストの不甲斐なさを感じずにはいられない。たった10年の差とは言え、時代は大きく進み、エアプレストのサイズレンジに熱狂するだけの燃料の持ち合わせが無かったのかもしれない、僕ら側にも。そして、エアプレストの後継者問題に忸怩たる思いを抱えているのは僕らだけではないようだ。後年、エアプレストの生みの親であるトビー・ハットフィールドが語ったところによると「なぜエアプレスト2を開発しなかったのかとよく訊かれます。はい、やりました。それがナイキフリーなのです」。エアハラチからエアプレストへと受け継がれたナチュラルモーションの概念は密かにナイキフリーへと継承されていた、という。ミニマルな形状ゆえにナチュラルモーションをコンセプトに掲げざるを得なかったエアプレストだが、今はただS~M~Lで販売したサイズレンジ革命の功績が正当に評価されて欲しいと願うばかりだ。

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