NIKE AIR FORCE 1 MID(GY6981)

偉大なるベーシック、
40周年のエアフォース1を回顧する

偉大なるベーシック、
40周年のエアフォース1を回顧する

ナイキバスケットボールの永久定番に第3の形態、
1994年発”MID”に見るAIR FORCE 1の多様性
ナイキバスケットボールの永久定番に第3の形態、
1994年発”MID”に見るAIR FORCE 1の多様性

 今を遡ること40年前、ナイキは圧縮ガスを封入したエアバッグをミッドソールに内蔵することでクッショニングの向上と軽量化を推進するナイキエアクッショニングシステム搭載のバスケットボールシューズをリリース。1982年、エアフォース1の誕生である。開発を担当したデザイナーはブルース・キルゴア。フルグレインレザーのオーバーレイにメッシュパネルを配したハイトップは、ナイロン帯にベルクロテープを縫い付けたアンクルサポートストラップを標準装備。このエアフォース1ハイが発売された1982年には、プロモーションの一環として当時のNBAプレーヤー6名にそれぞれチームカラーのエアフォース1を提供し、そのパフォーマンスの高さを実証した。モーゼス・マローン、ボビー・ジョーンズ(共にフィラデルフィア・76ers)、マイカル・トンプソン、カルバン・ナット(共にポートランド・トレイルブレーザーズ)、マイケル・クーパー、ジャマール・ウィルクス(共にロサンゼルス・レイカーズ)の6人が世界で初めてエアフォース1を履いてプレーしたバスケットボール選手となり、のちに彼らは「オリジナルシックス」と呼ばれた。

ハイトップとローカットで構成された初期エアフォース1体制

 エアフォース1のハイトップに遅れて市場に登場したローカットは、フルグレインレザーをアッパーに後足部のシャフトをくるぶし丈で裁断、配色されたヒールパッドに”NIKE AIR”のロゴをプリント。ローカットもハイトップ同様、ヒールにエアバッグを内蔵したピボットパターンのソールユニットを共用する。本来、エアバッグをヒールに内蔵することで履き心地は不安定になるが、シューズ全体に約5度の傾斜を加えて安定感を獲得したという。またミッドソール内部をハニカム構造にすることで軽量化を図る等、随所にディテールの工夫を凝らしていた。

 ナイキバスケットボールの先進性を象徴する存在だったエアフォース1だが、初登場から4年後の1986年には第2世代のエアフォース2へその役割を移譲する。TPUパーツのD管など進歩的なディテールで構成されたエアフォース2に対し、ベーシックなオーバーレイにシンプルなカラーパレットで彩色されたエアフォース1は、いかにもクラシックで隔世の感は否めない。ただ既にストリートカルチャーに浸透していたエアフォース1が突如リリースを終了してしまうことには少なからず抵抗もあった。それが「ボルチモアの3アミーゴズ」だ。エアフォース2が1986年に発売されるタイミングで、エアフォース1は生産終了するはずだったが、ストリートにおけるバスケットボールシューズの需要は多く、特にエアフォース1の人気は根強かった。そこで当時、ボルチモア地区にあった3つのシューズショップ「チャーリールドースポーツ」、「ダウンタウンロッカールーム」、「シンデレラシューズ」は、ナイキ本社にエアフォース1の再発売を直訴。それに対し、ナイキでは1カラーあたり1200足販売することを条件に、このボルチモアの3店舗限定でエアフォース1を再発売することを認める。こうしてエアフォース1が再発売されるや、その噂を聞きつけたスニーカーヘッズが東海岸からボルチモアへ殺到する事態に。1990年代以降はボルチモア地区以外でもエアフォース1の再発売が解禁された。このエピソードから3つのシューズショップをのちに「ボルチモアの3アミーゴズ」と呼び、エアフォース1復活に貢献した栄誉を称えた。

90年代のスニーカーシーンを彩ったエアフォース1ミッド

 その間にも1988年にはエアフォース1初の復刻版がリリース。この頃からエアジョーダンシリーズに代表されるバスケットボールシューズのハイテク化が急激に進み、エアフォース1のストリートにおける需要が膨らみ、市場では片時も欠かせない存在に。特にローカットは着脱し易く履き心地の快適さからスニーカーヘッズの支持を集め、エアフォース1がスニーカー市場の永久定番として不動の地位を固める原動力となった。

 1990年代を迎えると、ニューヨークのアパレルショップがエアフォース1ブームの発信源となり、そのバリエーションも爆発的に増殖する。それまでエアフォース1のデフォルトだったフルグレインレザーアッパーに加え、新たにヌバックやパテント、キャンバスなど素材の多様化が進み、スニーカーヘッズの歓心を引くことしきり。特に1993年に発表されたエアフォース1キャンバスはスニーカー市場を席巻するほどのムーブメントに発展。ディテールにおいてもハイトップのアンクルストラップがレザーにアップデイトしたり、シューレースの先頭に金属製のデュブレが付属する等、より一層コレクタブルな価値観を創出していった。そして1994年、遂にエアフォース1に第3の形態、ミッドカットが登場する。エアフォース1の伝統的なワインディングシューレースシステムに穿たれたアイレットをハイトップの10穴、ローカットの8穴から新たに9穴に変更し、履き口をヒールに向かって斜めに設計したミッドトップ。その最大の特徴は、レザー製のアンクルサポートストラップがヒールカップと一体化したユニークな形状にある。エアフォース1ミッドが登場した当時のトレンドを反映し、ジュエルスウッシュのバリエーションがスニーカー市場を大いに賑わせた。

 それ以降、一日たりともスニーカー市場にエアフォース1の絶える日はなく、ホワイトレザーでオーバーレイを統一したトリプルホワイトをはじめ、インラインに限らずスニーカーショップやアパレルブランドとのコラボレーションにおいても様々な話題を拡散し、現在に至る。もはやエアフォース1の存在を抜きにナイキバスケットボールの歴史を語ることは叶わず、世界のスニーカーシーンを見渡してもエアフォース1の替わりが務まるモデルなど発見できないだろう。生誕40周年を迎え、より一層の活躍が期待されるエアフォース1ファミリー、その末っ子のエアフォース1ミッドからもますます目が離せなくなりそうだ。

NIKE AIR FORCE 1 MID(GY6981)

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