ADIDAS STAN SMITH
FY1794

「世界一売れたスニーカー」
コート上の革新から世界へ。

「世界一売れたスニーカー」コート上の革新から世界へ。

ギネス認定
「世界で一番売れたスニーカー」
ギネス認定
「世界で一番売れたスニーカー」

言わずと知れたドイツ発祥の名門スポーツブランドであるadidas。常にアスリートの意見に耳を傾け、革新的なアイデア、そしてそれを具現化することの出来る卓越した技術力に裏打ちされたマスターピースを生み出し続けている。その歴史は1920年にAdolf “Adi” DasslerとRudolf Dassler兄弟によって靴製造会社として設立されたことにより産声を上げ、1924年には体育館用シューズの開発・製造を開始、Adolf自身がスポーツ選手であったことから、スポーツ選手一人一人に合ったシューズが必要であると判断したことからスポーツに特化したシューズの開発を進めることとなる。1928年にはアムステルダムオリンピックで多くの高品質なシューズを選手たちに供給し、会社としてのインターナショナルな発展の礎を築くこととなった。第二次世界大戦後に兄弟二人が各々独立し、Rudolfは後のpuma、Adolfによってadidasが設立され、数々の名作が世に送り出されることとなる。

1973年、ADIDASにとっても後のスニーカー史にとってもエポックであり世界で一番認知されているスニーカーといっても過言ではないモデルが登場する。STAN SMITHである。1991年には「世界で一番売れたスニーカー」としてギネスブックにも認定された大定番モデルとして誕生より50年近くを経てもなお人々に愛され続けるマスターピースとして君臨し続けている。洗練されたホワイトレザーのアッパー、ベンチレーションホールで表現されたADIDASのシンボルともいうべきスリーストライプスなど当時レザー製テニスシューズとして画期的なデザインで、世界中のファンを虜にし続け1991年当時にはおよそ2200万足の販売足数を誇ったとされている。

Stan Roger Smith
シグネチャーモデルの誕生

この世界的認知度と人気を誇るスニーカーはプロテニスプレイヤーのStanley Roger Smithのシグネチャーモデルとしてリリースされたことで知られている。1971年にウィンブルドンでの決勝進出、続く全米オープンでは正式優勝を飾った彼は1973年にADIDASと契約、シグネチャーシューズをリリースすることとなる。当初このスニーカーにはオリジナルとなるモデルが存在した。フランス生まれのプロテニスプレイヤー、Robert Hailletのシグネチャーモデルとして1964年に登場した「HAILLET」である。当時キャンバス製のテニスシューズが主流であった時代、ADIDASシューズ設計の責任者であったHorst Dasslerが新たなADIDASのアイコンとなるシューズを開発すべく1963年の全仏テニス選手権にてクオーターファイナリストとなったRobert Hailletにレザー製のテニスシューズに着用を提案。Horst Dassのlerアイデアとして、軽量皮革製アッパーをヘリンボーンパターンのラバーソールにステッチ接着をし、従来のADIDASのデザインテンプレートとは違うプレーントゥに差し替えられた。これは当時の従来のテニスシューズとしても一線を画したデザインであり、「HAILLET」の名を冠したこのシューズはADIDASの新たな顔として、レザー製テニスシューズの最初期のモデルとしてその名を歴史に刻んだ。

後に1970年代に入り、Stanley Roger Smithによって愛用されたことから、後年に正式に「ADIDAS STAN SMITH」へと改名されることとなる。画期的テニスシューズとして誕生以来、その活躍シーンはコートから街中へ、プレイヤーから一般ユーザーへとさらにその影響力はスプレッドしていった。シンプルで洗練されたデザインゆえの、カジュアルな装いからフォーマルスタイルにも多彩な履きこなし方を可能とするSTAN SMITHは幅広い人々に愛され続けている。多くのセレブリティやデザイナーともコラボレーションを果たし、文化的影響力の高い人々による後押しも近年ではその人気に拍車をかける要因となっている。

新たな時代へ
サステナブルに生まれ変わる

2020年には、昨今ファッション業界でも声高に叫ばれるサステイナビリティの観点からSTAN SMITHのすべての商品をリサイクル素材に切り替えると発表され、新たな時代にも仕様を変えながらフィットし続けるSTAN SMITH。名実ともに世界一のスニーカーのその名は伊達ではないことが窺い知れることだろう。

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