UNDEFEATED

NIKE
DUNK LOW SP
“SAMBA”

8月21日(金)のNIKE DUNK LOW SP “SAMBA”発売に伴い、undefeated.jpでは90年代のスニーカー全盛期、各誌のスニーカー特集を担当したライター岸伸和氏による特集記事を公開。また、NIKE DUNK LOW SP “SAMBA”をセレブレートすべく、フックアップしたオリジナルTEEが登場します。

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EVERYONE CAN DUNK TEE
“SAMBA”

フロントにはUNDEFEATEDの象徴的アイコン“ファイブストライクス”がサンバレッドカラー、ハイパーブルーのシェードカラーを用いられ、バックには“EVERYONE CAN DUNK!”の力強いメッセージがマットなシルバーカラーで仕上げられた一着。

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NIKE
DUNK LOW SP
“SAMBA”

ナイキジャパン企画のリミテッドエディション”CO.JP”より、2001年式のダンク”SAMBA”が復刻リリース

 生誕35周年のアニバーサリーイヤーを迎えたナイキダンクが話題のニューモデルを再びリリースする。オリジナルは2001年10~12月期製造、翌年早々には発売されたであろうダンクのローカット(当時はDUNK LOW PRO B)。メタリックな光沢を纏うブルーにつや消しのシルバーを重ね、サンバレッドでスウッシュ及びヒールパッドを彩った通称”サンバ”は、ナイキジャパンが日本市場向けにカラー別注した所謂”CO.JP”リミテッド。その復刻版として約19年ぶりにリビルドされたニューモデルがこちら。ダンク旋風に沸く往時のリミテッドエディションの再来にマーケットでは早くも話題沸騰中だ。

fig.01 Excerpt from Nike Dunk Book The Fact File (2008) / Nike Dunk High and more

 今を遡ること35年前、NCAAトーナメントに出場する名門大学のバスケットボール部を対象に、ナイキダンクがそれぞれのスクールカラーで登場したのが1985年のこと。オリジナルカラーは、ホワイト/ネイビー=ビラノバ大学、ホワイト/レッド=セント・ジョーンズ大学、ホワイト/オレンジ=シラキュース大学、ホワイト/ロイヤルブルー=ケンタッキー大学、ゴールド/ネイビー=ミシガン大学、ブラック/ゴールド=アイオワ大学、グレー/レッド=ネバダ大学ラスベガス校の7色展開。これに1984年発売のターミネーター(グレー/ネイビー=ジョージタウン大学)を加えた全8型で構成されたカレッジカラープログラムは、”Be True to Your School!”をスローガンに、チームに誠実であることの意義を選手たちに問い掛けた。

 そもそも80年代半ばと言えば、カレッジリーグはおろかNBAでさえもホワイトベースのバスケットボールシューズが圧倒的に主流だった時代。同じく1985年発売のエアジョーダン1に採用されたブラック/レッドのブルズカラーがNBAの規約に抵触する等、保守的な思想がバスケットコートを支配していた。そこにスウッシュからトゥガードやアンクルスタビライザーやヒールカップまで切り替えのオーバーレイをことごとく彩色し、白地の占有率を軒並み30~40%に抑えたダンクの誕生は、衝撃以外の何物でも無かったろう。

 同期のエアジョーダンが搭載したエアクッショニングシステムは見送られたものの、前後にスタビライザーを配置するサポートストラップシステムや屈曲性を向上するフレックスノッチなど当時の先進テクノロジーを凝縮したデザインは最上位のパフォーマンスモデルと呼ぶに相応しい存在だ。

 そうしてNBAの登竜門とされるカレッジリーグを舞台に、将来のスター候補生を育み、各大学のサポーターにも支持されたはずのダンクだが、シーズン終了後には新たなフィールドへ進出した。その一つがスケートボードコミュニティとの出会い。耐久性に優れたハイカットのバスケットボールシューズを伝統的に愛用してきたスケートボーダーにとって、ダンクの多彩なカラーバリエーションは見逃すはずのない大好物。左右どちらか一方の傷みが激しいスケートシューズの特性を活かし、友達同士で色違いのシューズを片足ずつ交換するスタイルもスケートボーダーらしい発想と遊び心の賜物だ。このダンクとスケートボードという80年代後半の予期せぬ遭遇をきっかけに、2000年代前半のダンクSBへと運命の糸は繋がっていく。

 もう一つ、ダンクがシーズン終了後に影響力を発揮したのがヴィンテージ市場において。70~80年代のデッドストックを収集するヴィンテージファンにとってダンクのカラーバリエーションは是非ともコンプリートしたい垂涎の逸品として珍重された。とりわけダンクの場合、オリジナルカラーの収集に飽き足らず、ケンタッキー大学バスケットボール部の”WILD CATS”仕様や選手のリクエストを反映したプレイヤーズエクスルーシブなど、マニアックな遺物の宝庫。詳細は王道のデッドストックから謎のレアモデルまで掲載した『NIKE DUNK BOOK』に譲るとして、90年代半ば以降は新種を発掘するたびにスクープしていた雑誌『Boon』がマーケットのムードを醸成し、ダンク復刻への機運を高めたのは間違いない。

fig.02 Excerpt from Nike Dunk Book The Fact File (2008) / Nike Dunk Low Pro B

 そして1999年、往年のカレッジカラーを踏襲したダンクのハイトップが遂に復刻。90年代後期のハイテクスニーカーブームの反動から低迷していた日本のスニーカー市場に明るい兆しが見え始めた。更に”NYC”刻印のニューヨークダンクやダンクローが発売された後、いよいよCO.JPこと日本企画のリミテッドエディションがリリースを開始する。その先陣を切って登場したのが所謂”裏ダンク”。アッパーの配色を反転した9組18型から成る大規模なシリーズを展開。ナイキ史上類を見ないコレクタブルなリミテッドエディションに世界のスニーカーマニアが注目した。なお余談だが、裏ダンクのリリースの間隙を突き、秘かに製造されたのがWu-Tang Clan名義のプロモーションモデル。ブラック/ゴールドのハイトップにWu-Tang Clanの刻印をあしらったダンクハイは、その後のナイキが確立したプロモ戦略の原体験として記憶されるべきだろう。

 次いで、CO.JPより初登場のダンクロープロBは、スエードアッパーに厚タンやガムソールを組み合わせ、スケートダンクの原型を模索したリミテッドエディション。その評価は意外にもあっさりしたものだが、トーナルカラーのスエードモデルは完成度も高く、いま最も復刻すべきオールドダンクの筆頭だろう。翌2001年には、東京・原宿「atmos」がスニーカーショップとして初めてコラボに参画したダンクローをはじめ、ブラジルカラーの復刻が記憶に新しい同じくローカット、更にはクレイジーカラーが目を惹くバイオテックとその眷属たち……薄タンのスエード仕様ながらダンクロープロB名義で登場。既に復刻リリースされたプラムもその一つ。

fig.03 Excerpt from Nike Dunk Book The Fact File (2008) / Nike Dunk Low Pro SB

 そうして2001年の最終盤に製造されたCO.JPこそ、今回フィーチャーしたサンバのオリジナルである。そのスペックは薄タンと非スエード素材のアッパーながらダンクロープロB名義でリリース。パール調のペインティングや光沢あるテキスタイルを駆使して独創性を表現したものの、当時はサンバに先駆け発売されたSTUSSY別注のダンクがマーケットの話題を独占。その興奮冷めやらぬうちに登場したのもサンバの運命か。おまけにナイキスケートボーディングがダンクロープロSBを提げて鮮烈なデビューを飾るのはサンバ発売直後のこと。それ故か、これまで復刻されてきたCO.JPシリーズの中でもフレッシュな存在感ではサンバの右に出るものなし。

fig.04 Excerpt from Nike Dunk Book The Archives (2008) / Colored: Nike Japan Limited “CO.JP”

 ミレニアムを一つの区切りにナイキが新たなフェーズに進出した2000年代初頭、アルファプロジェクトを中心に革新的なコンセプトモデルを次々と発表し、エアプレストやエアウーブンなど後世に引き継がれるエポックメイキングも輩出してきた。ナイキダンクはそんな最も勢いのある時期に新たな歴史を歩み始め、またスケートボーディングへの進出も果たしたゼネラルモデルである。 それから約20年を経た今、過去最高に盛り上がりを見せているのがダンクだと言う。その背景にはヴァージル・アブローやトラヴィス・スコットらが手掛けたSBダンクは勿論、スクールカラーを彷彿させるシンプルな配色とバリエーションの多様性も支持を集めている。この勢いが続く限り、ダンクの再生産は繰り返され、それぞれの時代にアジャストした復刻版を提供するだろう。真夏の太陽にサンバのリズムが重なるリミテッドエディションに乞うご期待。

NIKE DUNK LOW SP “SAMBA”
Hyper Blue/Samba-Silver
ホノグラミックな光沢をまとったブルーにマットシルバーのオーバーレイ、スウッシュとヒールカウンターを彩るテキスタイルにちなんだダンクローSP”サンバ”。日本企画のCO.JPより2001年発売されたリミテッドエディションの復刻版。なお日本限定のオールドダンクはいまや世界のコレクターが争奪戦を繰り広げるプレミアの殿堂。


岸 伸和 – Nobukazu Kishi Exclusive
1972年生まれ、神奈川県出身。雑誌『Boon』(祥伝社) にてライターとして活動を開始。90年代のスニーカー全盛期には同誌のスニーカー特集や別冊の多くを担当、以降ライフワークの一環としてスニーカーを嗜んでいる。近年はアパレルブランドのカタログやWEBコンテンツの制作ほか、ブランドやクリエイターの活動をアーカイブした書籍を手掛ける。